「AIを使ってみよう」と社内に呼びかけても、実際に手を動かす人はなかなか増えません。そんなときは、操作方法の説明だけで終わらず、全員が最初の一回をその場で終えられる勉強会から始めてみてください。

この記事は、初心者中心の中小企業で60分の社内勉強会を開くための進行台本です。事前準備、当日の時間割、そのままコピーして使える演習課題、採点のしかた、翌日と1週間後のフォローまでを通しで示します。

はじめに前提をひとつ。ここでいう「1時間」は研修枠の設計であって、効果を保証する数字ではありません。60分で全員の習熟を保証することはできず、狙えるのは「自分の手で一度動かし、翌日に試す業務をひとつ決める」ところまでです。そこを超える定着は別の仕組みが要ります。

なお本記事の構成・人数・演習・評価基準はすべて当編集部の運営案であり、公的な認定カリキュラムではありません。

到達ゴールを「使い始めた」で定義する

ゴールが「理解する」だけでは、参加者が何をできるようになったか確かめにくくなります。そこで到達ゴールを行動で定義します。

この勉強会では、参加者全員が次の4つを終えた状態を完了とします。

  1. 自分の端末から一人ずつプロンプトを入力した
  2. 出力を自分の目で確認した
  3. 追加指示を出して一度は修正した
  4. 翌日に自分が試す業務をひとつ決めて書き出した

重要なのは、見学は完了に数えないことです。隣の人の画面を覗いていた人、通信トラブルで最後まで入力できなかった人は「未操作者」として記録し、後日15分程度の補講に回します。入力できなかった理由を残しておくと、補講で助ける場所が明確になります。

IPAは「AI利活用のための人材育成」で、業務でAIを使う人材に効果的かつ安全な利用スキルが求められると整理しています(IPA)。ただしこれは60分という枠の有効性を裏づけるものではなく、本記事の時間配分は運営上の設計です。

想定する規模は参加者5〜10名、講師1人+補助1人。これは進行が破綻しにくい運営例であって、統計や標準ではありません。10名を超える場合は補助を増やすか、回を分けてください。

事前準備:当日にやらないことを決める

60分のうち説明に使えるのは実質7分程度です。準備で削れるものは全部前日までに削ります。

会社が承認した環境とログインは、必ず事前に完了させておきます。 当日にアカウント作成やアプリのインストールを始めると、実習の時間が短くなってしまいます。開催日の3営業日前に案内を出し、前日までにログイン確認の返信をもらう運用にしてください。

準備チェックリスト(開催前)

項目 担当 期限の目安
会社承認済みAIツールの決定と社内ルールの明文化 事務局 開催1週間前
参加者全員のアカウント発行・ログイン確認 事務局+情報システム 前日まで
各自の端末(PC推奨)と通信の動作確認 参加者本人 前日まで
演習素材・プロンプトの印刷またはチャット貼付準備 講師 前日まで
補助役の役割共有(詰まった人の個別対応) 講師 前日まで
未操作者が出た場合の補講日程の仮押さえ 事務局 開催前

この演習では、実在の顧客データを使いません。アカウントの共有、作成した案内のメール送信、プログラムの実行も不要です。AIへの入力は利用サービスに送られるため、承認済みの環境と配布された架空素材を使います。 実データを持ち込む判断を参加者に任せず、講師が同じ架空素材を配ると、操作と確認に集中しやすくなります。

リクマ

リクマ

ログインで止まったときは、本人の意欲より先に端末・権限・案内の分かりやすさを確認したいですね。補助役は代わりに操作し続けず、本人が次の一手を試せるところまで一緒に戻るのがおすすめです。

60分の時間割

合計60分。説明を薄く、実習を厚く配分しています。

時間 分数 内容 進行の要点
0〜5分 5分 ゴールとルールの確認 完了条件4つを口頭で読み上げる。禁止事項(実データ・機密情報を入れない)を明示
5〜12分 7分 講師デモ 講師が画面共有で共通課題を1回だけ実演。解説は最小限
12〜25分 13分 共通課題(全員入力) 一人ずつ自分の端末で入力し出力を得る。補助役が巡回
25〜38分 13分 改善と照合 追加指示で修正し、チェックリストで自己採点
38〜50分 12分 職種別応用 共通素材を普段使う形式に変え、再度照合する
50〜57分 7分 共有 2〜3名が画面を見せて一言。全員発表はしない
57〜60分 3分 退出チェック 完了条件4つを確認。翌日試す業務を1行で書き、未完了項目と補講対象者を記録

デモを7分に抑えているのは意図的です。講師の話が長いほど参加者の手は止まります。うまく説明することより、12分の時点で全員のカーソルが動いている状態をつくることを優先してください。

共通課題:架空の社内案内をつくる

全員が同じ題材から始めます。正解の形が見えやすく、間違いも指摘しやすいためです。

架空素材(そのまま配布)

【架空設定・実在の会社ではありません】
会社名:サンプル商事(架空)
対象:本社勤務の全社員
内容:3階の複合機を新機種に入れ替える
停止日時:2026年11月10日(火)9:00〜15:00
停止中の代替:2階の複合機を使用する
問い合わせ先:総務部 田中(架空)
補足:入れ替え後の使い方説明会は別途案内する

この素材に書かれていない期限・担当・理由を、参加者もAIも補ってはいけません。 日付・曜日・氏名を含め、すべて演習用の架空設定です。 これが後の採点基準になります。

コピペ用プロンプト

Microsoftは Copilot 向けの解説で、目的・背景・情報源・期待する成果を伝え、追加指示で仕上げる考え方を示しています(Microsoft サポート)。以下の日本語課題は、その骨格を踏まえた編集部オリジナルです。

【目的】社内向けのお知らせ文を作成してください。

【背景】社内の複合機を入れ替えるため、一時的に使えなくなります。
全社員に事前に周知し、当日の混乱を防ぎたいです。

【材料】以下はすべて架空の演習用情報です。この情報だけを使ってください。ここに書かれていない
日付・担当者・理由を追加しないでください。
- 会社名:サンプル商事
- 対象:本社勤務の全社員
- 内容:3階の複合機を新機種に入れ替える
- 停止日時:2026年11月10日(火)9:00〜15:00
- 停止中の代替:2階の複合機を使用する
- 問い合わせ先:総務部 田中
- 入れ替え後の使い方説明会は別途案内する

【仕上がり】
- 社内メール向けの文章
- 件名を1行つける
- 本文は400字以内
- ですます調で統一
- 箇条書きを使ってよい

追加指示(25〜38分で使う)

一度出力が出たら、全員が下の「250字以内への短縮」または「件名の改善」のどちらかを実行します。その後、全員が元の材料と照合します。必要なら追加の修正指示を出してください。これが完了条件の3つ目です。

  • 「もう少し短くしてください。本文250字以内にしてください」
  • 「件名の候補を3案出し、その中から一番分かりやすい1案を付けた完成文にしてください」
  • 「材料にない情報を削除し、材料にある対象・日時・場所・代替手段・問い合わせ先・説明会の扱いは残してください」
  • 「初めて読む社員にも伝わるように専門用語を減らし、対象者は本社勤務の全社員のままにしてください」

追加指示でAI自身に確認させても、それで検品は終わりません。参加者が元の材料を横に置いて一項目ずつ照合します。文字数もAIの自己申告を信用せず、エディターの文字数表示などで確かめてください。

採点チェックリスト(自己採点)

  • 件名が1行付いているか。
  • 対象が「本社勤務の全社員」、入れ替える場所が「3階」になっているか。
  • 停止日時が「2026年11月10日(火)9:00〜15:00」と一致しているか。
  • 停止中は「2階の複合機」を使うと書かれているか。
  • 問い合わせ先が「総務部 田中」になっているか。
  • 使い方説明会は「別途案内」のままで、日時を作っていないか。
  • 材料にない担当者・理由・期限を追加していないか。
  • 最後に指定した文字数以内で、ですます調になっているか。

日時・場所・対象・代替手段・問い合わせ先・未確定事項は、すべて元の材料と一致していることを必須にします。1つでも誤りや欠落があれば修正して再確認してください。さらに件名、文字数、文体を確認し、条件をすべて満たしたら完了です。追加指示で250字以内に変更した場合は、最後に指定した条件で数えます。文章の巧拙を競う採点にはしません。

誤りの見つけ方(講師作成のサンプル)

【この例は講師が誤りを仕込んで作成したサンプルです。AIの実際の出力を測定したものではありません】

件名:複合機入れ替えのお知らせ
来週、3階の複合機を入れ替えます。ご不便をおかけします。
復旧予定は未定です。ご不明点は担当までご連絡ください。

このサンプルには、日時の欠落、代替手段と問い合わせ先の欠落、「復旧予定は未定」という材料と異なる記述があります。材料にない情報が混ざる現象があること、だから人が照合する工程が要ることを、改善と照合の13分のうち、最後の5分で確認します。

IPAの「データ利活用入門ガイドブック レッスン3-2」(p.16〜17)でも、プロンプトの改善、事実と異なる出力が生じうること、信頼できる情報源での確認、個人情報・機密情報の取り扱い、規約設定や社内ルールの確認が扱われています(PDF)。当日は「承認済み環境と架空素材を使う」「原資料と照合する」「判断に迷えば講師に止めて聞く」の3点を、実習中にも確かめます。

職種別の応用とトラブル対応

38〜50分は、共通課題の型を自分の仕事に置き換える時間です。ここでも共通課題と同じ架空素材を使います。実際の顧客名だけを別名に置き換えても、金額・経緯・条件から案件が分かることがあるため、実データの持ち込みは次回以降、社内ルールを確認してからにします。

職種 置き換える題材の例
営業 同じ複合機案内を、外出中に携帯で読む社員向けの短いメールにする。対象・日時・場所・代替手段・問い合わせ先・説明会の扱いを残す
事務・総務 同じ素材から「いつ使えないか」「代わりに何を使うか」「誰に聞くか」などの社内FAQを作る。素材の重要情報をすべて含める
現場・製造 同じ案内を、社内の設備に不慣れな新人にも伝わる言葉にする。停止中に3階の機器を使わないことと2階の代替手段を明確にする
管理職 同じ素材から朝礼で読み上げる250字以内の案内を作る。対象・日時・場所・代替手段・問い合わせ先・説明会の扱いを残す

新しい業務データを用意する必要はありません。共通素材の情報を保ったまま、普段使う形式へ変換する練習です。12分のうち、最初の2分で形式を選び、5分で生成・修正、残り5分で原文と照合する配分を目安にしてください。

当日起きやすい詰まりへの対応

端末の差:スマートフォンでは長文の貼り付けや原文との比較に時間がかかる場合があります。事前に端末を聞き、必要に応じて貸出PCを用意します。各自の承認済みアカウントで操作し、貸出後はログアウトを確認してください。

利用回数の制限や障害:利用可能な回数や機能はツール・プラン・利用状況で異なります。講師は入力と修正の両方を行えるか事前に試してください。当日止まった人は、紙の誤り入り例の照合に参加してもらい、操作部分は補講へ回します。他人のアカウントを借りたり、見学だけを操作完了に数えたりしません。

初心者と経験者が混在:経験者には「材料にない情報が混ざっていないか理由つきで指摘する」追加課題を渡します。本人の同意があれば隣の人を補助してもらって構いませんが、入力や修正を代行しないルールにします。

オンライン参加:画面共有だけでは、詰まっている人が見えません。12分の実習開始と同時に「入力できたらチャットに『できた』とだけ書く」ルールを置き、5分経っても反応がない人へ補助役が個別に連絡します。ブレイクアウトは60分枠では時間を食うので使いません。

翌日と1週間後のフォロー

勉強会を次の業務につなぐため、確認する日も先に決めておきます。

翌日(開催の翌営業日):退出チェックで書いた「翌日試す業務」を実際にやったかだけを聞きます。所要1分。やっていない人を責めず、詰まった箇所を1行で書いてもらいます。

1週間後:ここで見るのは利用人数だけではありません。次の4点を確認します。

確認する項目 聞き方の例
修正を含めた所要時間 「AIの出力を直す時間まで含めて、従来より速くなりましたか」
出力の品質 「そのまま使えましたか。どこを直しましたか」
使わなかった理由 「使わなかった業務があれば、その理由を教えてください」
次に試したいこと 「あと1つ試すとしたら何ですか」

回答は本人の申告ベースで集めます。全員のチャットログを収集したり、顧客データを含む出力を提出させたりはしません。 収集するのは利用した業務の種類、所要時間の目安、困った点で十分です。

未操作者への補講は、この1週間の間に済ませます。15分程度を目安に枠を取り、環境の問題が残る場合は解消してから再設定します。

リクマ

リクマ

「使わなかった理由」は、実は一番価値のある回答です。「思い出さなかった」なら業務手順に組み込む話、「入力が面倒」なら定型プロンプトを配る話、「間違いが怖い」なら照合ルールを明文化する話に変わります。理由を集めずに人数だけ追いかけると、次の勉強会も同じ場所で止まります。

1回の勉強会で変わるのはここまでです。数か月単位の定着については、中小企業のAI社内活用を進める記事も合わせて読んでみてください。

よくある質問

Q1. 参加者が全員初心者でも60分で足りますか。
共通課題を1題に絞り、ログインを事前に済ませてあれば、5〜10名で「一人1回入力して1回修正する」ところまでは収まる設計です。ただし習熟は保証しません。60分は入口をそろえるための枠です。

Q2. 講師の社内人材がいません。
講師に高度な開発知識は必須ではありません。ただし、社内の利用ルールを説明でき、演習の入力・修正・原文照合を事前に通せる人が必要です。答えられない質問の相談先も決めておきましょう。準備や当日の補助を担う人がいない場合は、外部への相談も選択肢です。

Q3. 実際の業務データを使ったほうが実感が湧くのでは。
初回は勧めません。データの扱いに気を取られると手が止まりますし、機密情報の混入リスクも生まれます。初回は共通の架空素材で型を通し、応用の12分でも同じ情報を普段使う形式へ変えます。実データで試すのは、利用範囲と扱いを社内で確認してからにしましょう。

Q4. 参加できなかった人はどうしますか。
補講に回します。録画視聴は「見学」であり、完了には数えません。完了条件は自分の端末で入力し、出力を確認し、修正し、翌日試す業務を決めることです。

まとめ

60分の勉強会で狙うのは、理解ではなく最初の1回です。事前にログインを終え、架空素材の共通課題を1題だけ用意し、全員に入力と修正をさせ、翌日試す業務を書かせる。ここまでを完了できたか確認するところから始めましょう。

一方で、1回の勉強会は入口にすぎません。誰がどこで詰まるか、どの業務に効くかは会社ごとに違い、2回目以降の設計はその結果を見てから決めるべきものです。

自社に合わせた研修の設計や、2回目以降の組み立てについて相談したい場合は、AI活用支援のご案内からお問い合わせください。現状の環境と参加者の状況を伺ったうえで、進め方を一緒に検討します。

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