こんにちは中山です。
週に一回、私が考えたことを書いています。
今週は、トレーニングをする日と休む日を挟みながら、制作や学習を進めていました。食事もいつもの流れ。休養日の夕食はカレーライスでした。大きな出来事だけを探すと書くことがなくなりそうですが、日報を読み返すと、小さく気になっていたことが残っています。
そのひとつが、トレーニング中に肩の力を抜いてみたことです。
少し楽に動かせた気がしました。それだけの話なのですが、今週の仕事や学習の記録と並べると、妙に引っかかります。何かを進めたいとき、力を足す以外にも、試せることがあるのかもしれません。
今週は、学ぶことを一覧にして、ひとつ終えたらチェックを入れられるようにもしました。こちらは体の力を抜く話ではありませんが、全部を一度に考えずに済む形をつくった、という点では近い気がしています。
頑張る気持ちはある。でも、目の前のことがいくつもあって、どこから手をつけるかで止まる。そんなときに、自分が次に何を確かめたいのかを小さくしておく。今週の記録から、もう少し考えてみたいと思いました。
肩の力を抜いたら、少し感覚が変わった
週の前半は、いつものトレーニングを続けていました。負荷は感じるけれど、今のプログラムにはついていけている。楽ではないものの、やり切っている、というのが日報に残した実感です。
その後のトレーニングで、肩に力を入れず、腕をぶら下げるような感覚を試しました。すると、少しコツをつかめた気がしました。
ここで言えるのは、あくまで自分には少し楽に感じられた、ということまでです。正しいやり方を完全に身につけた、とまでは言えません。次も同じ感覚で試してみたい。日報にも、そのくらいの温度で残しています。
今、読み返していいなと思うのは、この「次も試してみたい」という終わり方です。
一度の手応えで結論を出していないし、何も分からなかったことにもしていない。少し変化があったから、次に確かめる。その先が見えています。
仕事でも学習でも、同じように書けることはありそうです。うまくいったかどうかを大きく判定する前に、何を変えて、どんな感触があって、次に何を見るのかを残す。今週の体の感覚を、そんなふうに受け取っています。
もちろん、これを運動のやり方として勧めたいわけではありません。自分の中にあった小さな変化が、ほかのことを考える入口になった、という話です。
学びたいことを、チェックできる大きさにする
今週、これから学ぶことを一覧にして、タスク管理の中へ入れました。学んだらチェックできる状態です。
ここまでなら、終わったのは学習の準備です。一覧をつくったことと、内容が身についたことは分けておきたいと思います。きれいな計画ができても、それだけでできることが増えるわけではありません。
それでも、準備として意味はあったと思います。少なくとも、これから進めたいものを、ひとつずつ扱える形にはできました。
学びたいことは、頭の中にある間はどれも大きく見えます。動画を学ぶ、制作の幅を広げる、仕事に使える知識を増やす。方向としては間違っていなくても、その言葉のままでは今日の行動にしづらい。
今の自分には、「今日は何をひとつ進めるか」が見えるほうが合っていそうです。
日報には、その後、撮影の講座に取り組んだ記録もありました。まだ受講全体を終えたわけでも、仕事で使いこなせたわけでもありません。ただ、一覧にしたところから、実際に学ぶところへは進んでいます。この違いは、小さくても残しておきたいです。
これからは、チェックの意味も自分で確かめたいと思っています。見終わったのか、手を動かしたのか、自分の言葉で説明できるのか。同じチェックでも、中身は違うはずなので。
毎回すべてを求めると続けにくそうです。まずは、今日どこまでやったのかを一言添えるくらいから。これは今週やり切ったことではなく、次に試したいことです。
制作の仕事にも、いくつかの区切りがある
仕事の記録には、制作を一区切りつけたものや、確認を待っているもの、もう一度確かめているものが並んでいました。
具体的な内容は書きませんが、今週を振り返って感じるのは、「進んだ」という言葉の中に、いくつもの状態があることです。
自分の作業が終わった。自分で確認した。相手に見てもらっている。返ってきた内容を確かめている。どれも前へ進む途中ですが、次にすることは同じではありません。
制作側にいると、形になったものがあると嬉しいです。そこまでの作業が目に見えるからだと思います。ただ、その手応えと、相手が安心して使える状態かどうかは、続けて確かめる必要があります。
これは、Webの仕事でこれからも大切にしたいところです。画面ができたら、その先で使う人にとってどうなのかを考える。文章がまとまったら、伝えたいことが読み手に届くかを見る。作る作業の隣に、確かめる作業を置いておきたい。
だからといって、すべてを最初からやり直すような話にはしたくありません。今どこまで分かっていて、次にどこを見ればよいのか。その範囲を小さくするほうが、今の自分には必要そうです。
学習の一覧も、制作の確認も、先に全部の答えを出すためにつくるものではないのだと思います。次の行動が選べるくらいまで整理できれば、そこから手を動かせます。
毎日を、同じ調子で評価しなくてもいい
日報には、トレーニングを休んだ日も、取り組んだ日もあります。学習の準備をした日も、制作を進めた日もあります。
それぞれを見ていると、一週間をひとつの気分だけでまとめるのは、少し雑かもしれないと思いました。大きく進んだ実感がなくても、記録には実際にやったことが残っています。反対に、充実した感じがあっても、まだ確認できていないことは残っています。
自分の気分も大切ですが、それだけで今週の全部を採点しなくてもよさそうです。
いつもの食事をして、体を動かす日には動かして、休む日には休む。その間に、制作を進めたり、講座に取り組んだりする。今週の生活は、そんなふうに続いていました。
こうして文章にすると地味です。でも、学習や仕事は、こういう日々の中に置いていくものなのだと思います。特別に集中できる日だけを前提にすると、普段の日が置き去りになってしまいます。
今の生活の中で、ひとつ進めるとしたら何か。そこから考えたいです。大きな計画をなくすのではなく、今日の自分が扱えるところまで近づける。今週つくった学習の一覧も、そんな使い方をしていきたいと思います。
来週も、ひとつ試して確かめる
来週に向けて、まずは一覧にした学習をひとつずつ進めたいです。終えたら、何をやったのかが分かる形で残す。仕事では、今ある確認を進める。トレーニングでは、今週つかめた気がした感覚をもう一度確かめる。
どれも、今週の続きです。
何かを始めるたびに、もっと強い気持ちや、もっと大きな計画が必要になると大変です。すでに取り組んでいることの中で、次に試すものを見つけるくらいで進める日もあっていいと思います。
もし、学びたいことや仕事が頭の中にいくつも浮かんでいるなら、今週の自分がしたように、ひとつずつ扱える形に書き出してみるのはどうでしょう。全部を今日終わらせるためではなく、次に何をするかが見えるようにするために。
その先で何が変わるかは、やってから確かめればいい。自分も、まだその途中です。
肩の力を少し抜いてみたことと、学ぶことを一覧にしたこと。今週は、その小さな場面が残りました。来週も、ひとつ試して、確かめて、また続きをやっていこうと思います。

